自社企画の場合はビジネスオーナーとして、開発会社の場合はパートナーとして、ビジネスに関わり、色々と考える機会があります。その際、ビジネスを理解するために、および評価するために使っている枠組みをまとめます。主に自分用ではありますが、クライアントから質問されることもあるので、明文化しておきます。
枠組みへのとっかかりとして、ミスミ三枝氏のシナジーモデルと、Y Combinator (YC) のアイデア評価方法を整理しつつ、5W1H での自問自答および PEST 分析という古典的方法について考えます。
私は、事業についてあれこれ考える時「水が流れるかどうか」のイメージで考えています。商売および仕事の全体像として、池を掘り、池に水が流れてくるかをイメージします。水の流れには水源が必要ですので、当然水源について考えます。ここでいう水は、顧客、お金、注目、データなどになります。
先ほどあげたモデルや手法について利用できる形に整理するにあたり、簡易的な図を作成します。その図は、まさに池を掘り、どのように水を流すかという簡単な図です。私自身、コピー用紙に図を書きながら、あーでもない、こーでもないと思索しています。箇条書きでのチャックがあまり得意ではないので、イメージにすることで、全体の整合性がおかしくないか確認しています。後述しますが、水源の意識と、水が自然に流れるかという直感的なイメージに近づけるために利用しています。理詰めで考えるというよりも、気持ちよく水が流れる感じになる方が好ましいと思っています。
はじめに、ミスミ三枝氏の書籍からシナジーモデルとしてあげているの8つを引用します。
事業のシナジーが得られるのは、
①事業・商品に関連性がある、
②共通の技術を使っている、
③市場・顧客が重なっている、
④販売チャネルが重なっている、
⑤既存のブランドイメージを利用できる、
⑥競争相手が同じなので戦略上の連動効果がある、
⑦勝ち戦に至る重要な競争要因が同じで、こちらはその戦いに慣れている、
⑧必要とされる社内組織の強みが同じなのでそれを使える、
などだ。
ザ・会社改造--340人からグローバル1万人企業へ 第1章、第2節
この8つの要素を解釈し、簡易的なラベルをつけます。
ミスミ三枝氏の書籍なので大企業の話であり、既存事業がある中でのシナジーの話ではあります。新規事業を検討するためのリストとして活用できるのか疑問かと思いますが、私としては企業活動全般について示唆に富むリストだと思っています。
既存事業がない創業間近のスタートアップだとしても、創業者の能力や経歴は、実質的に既存事業のように扱うことができます。ある種の ファウンダーマーケットフィット という概念に近いと話です。何か商売を始める時に、全く何もないところから始めることはありえませんし、人間に特徴がないことはありません。
例えば、4.Channel でいえば、スタートアップの創業者の場合、経験のある産業がそれにあたります。消費者向けアプリだとしても、土地勘のあるネットワークやコミュニティが想定されます。起業家なので、それまでと全く関係のないことをすることもありますが、それの場合は、既存事業 (=その人の経験) の販売チャネルに重ならないと考えることができます。このように考えることで、シナジーモデルは、ファウンダーフィットの話として展開することもでき、後述する、Why you (なぜあなたがやるべきなのか) について考えるきっかけにもなります。
やるべきことは「池を掘り、水を流す」ことです。
できれば、水源に近いところに、池を掘りたいものです。
また、池を掘るためにはスコップなどの機材があると便利です。そして、池を掘りつつも、パイプを構築する必要があります。
重力という引力が理想ですが、難しい場合は、何かしらの引力を設計します。さらに、別の池を作っている人を無視することはできません。
同じ水源から水を引いているわけですから。
すでに誰かが見つけていた水源なら、競争する必要があります。
あなたが最初に見つけた水源だとしてたら後から人が来ないように堀を作る必要があります。そしてこれらの仕事は一人では重労働であり専門線も必要なためチームを作ります。
この後も繰り返し話ますが、私がこの図を気に入っている点は、水源の大切さからスタートする点です。どんなに素晴らしい池を作ろうが、どんなにすごいスコップを使おうが、どんなにすごいパイプや引力を作ろうが、水源がなければ水は流れてきません。
水源が十分に大きければ、別の池を作っている人について考える必要はありません。また、水源の近くに池を作れば、パイプも引力も必要ありません。勝手に水が溢れているのですから。スコップもチームも必要ないかもしれません。自分一人の手を使って池を作ればいいのです。
手垢がつきまくっていますが、おそらくこの感覚が、マーケットが大切!顧客の強いニーズが大切!という話なのだと思います。素朴に考えた時に、「池を作り、水を流しましょう」というプロジェクトにおいて、スコップの勉強や他人の池の分析を永遠とやっている人を奇妙に思うでしょう。やるべきことは水源の発見です。そして、水源の近くに池を作ることです。強力な引力装置よりも、重力の活用を考えるべきです。
白状すると、私はすごいスコップが好きなタイプです。スコップを抱えながら寝るタイプだと思います。ただし、それではいけないと自分に言い聞かせています。私がやることは「池を作り、水を流すこと」であり、水源の発見です。
Y Combinator は「顧客がほしいものを作れ」で有名ですが、もう少し具体的にアイデアの評価方法を公開しています。YC らしいリストですが、よくできているのでここでも利用します。
スタートアップのアイデアを評価する方法 Part 1 (Startup School 2019 #01)
Problem (課題) として以下の6つを挙げています。
素晴らしい水源を発見したとして、調査項目がある。
そもそもの水量はどうか? 水量はどんなペースで増えているか?
すでにあふれているか? あふれる量は、頻度は?
できれば、水量が増える理由がわかるのは素晴らしい
また、Insight (洞察) として以下の5つを挙げています。
念の為、これから作る池についても聞いておこう。
あなただけが作れる池で、他の人は作れないようになっていますか?
水源の拡大の恩恵を自然と受けられますか?
先ほど YC らしいと書きましたが、そのらしさが、Solution (解決策であり商品でありサービス) についてほとんど触れていない点です。つまり、こんなビジネスをやります!こんな商品を作ります!というプレゼンではなく、あなたが知っている顧客や市場についての知見を重要視しています。
一応 Insight のリストに、Product はありますが、これは競合製品がショボいかどうかという視点が強く、自分達というよりも、市場環境として製品がダメかどうかだと思います。そうでなければ、10倍優れたものは作れません。
池ではなく、水源が大切。池の話ではなく、水源の話をしよう。池を作る人たちというより、水源を発見する探検家のような気持ちで事業に取り組もう。このようなメッセージが強烈に発しています。
よく見るパターンとしては、全体的に良いプランだが、Urgent (緊急)、Frequent (頻度) がダメなパターンです。企業向け製品の場合、予算会議が年1回で、毎年翌年に繰り上げられる課題というのがあります。それらは緊急度がありません。いつかやりたいなというものです。また、頻度に関しても、3ヶ月に1回利用するような製品は改善が難しくなります。新規事業として仮説検証のフィードバックループが回らないことは致命的になることがあります。
水を引く作業は実際にやってみないと水源が確認できないというジレンマがあります。なんとなく水源がありそうというのではダメで、実際に水が汲み取れることが大切です。幻の可能性があるからです。その際の、YC のアドバイスも明確です。労働集約で、小さく始める。スケールしないことをする。パイプなしで、バケツリレーをやってみる。池がないとしても、水を汲みに行ってみる。というものです。製品がないとしても、広告を出して申し込みがくるか。企業向けの商品なら契約書にサインし、請求書を出してお金を振り込んでくれるのか。製品がない状況でも試すことができます。また、製品がないとしても人間が手作業で仕事を行うことができます。
水源の評価としていくつか挙げられていますが、水源の全体像というのはわかりません。水源は変化しますし、全体像を把握することはできません。そして、実際には水源のまわりには崖があり、池を作るのが困難な場合もあります。これがいわゆる、他の人がやっていない理由というものです。
Mandatory : 法改正などで生まれた課題ですか?
がでてきましたので、水源の変化について考えます。ここでは、古くからある PEST分析 を使います。
水源は色々なところに存在しますし、ある時に現れます。大雨が降ったり、地中から溢れてきたり、他の水源が崩壊して統合してしまったりします。疫病、戦争、飢餓、犯罪、金融危機、規制緩和、技術革新などで変化します。マクロな変化の分析が、水源の発見に役立ちます。ただし、実際に水源の発見には実地調査が必要であり、分析だけだとわからないことがあります。正確には、みんながわかる水源の近くに池を作ることは競争原理上困難な場合があります。
近年では、コロナによって全てが変化および加速したかと思います。コロナ関連で法律が変わっていたり、経済状況、生活環境が変わっています。リモートワーク関連の各産業の法改正は、Mandatory (必須)
にあたるでしょう。
社会の変化とは、政治と経済の変化です。
マルクス風に言えば、下部構造が経済になるので、経済の上に政治が乗っかっています。
情報産業の勃興以降は、経済の下部構造として技術があるよう見受けられます。
ただ、災害や疫病に人が抗えないように、社会の変化とは残酷に訪れるものなのでしょう。
事業に限らず自問自答するときの定番です。また他人から質問されるときもこれらの質問になります。親や友人、同僚、業界人、投資家など回答するときの使える語彙に差はあるとしても、これらの定番の質問について自動機械のように回答できることが求められます。
Why については、トヨタのなぜなぜ分析 (5回なぜ) などもこれにあたるのでしょう。
また、Why you と Why now は、昨今よくされる質問かと思います。
なにをやるか、なぜやるか、どうやるか
なぜいまなのか、なぜ自分達がやるべきなのか
どの地域で、どの規模の会社や、どの所得の個人に向けてサービスするか
新しく事業を作る際に、お金を集めたり、人を集めたりする必要があります。つまり、何かをする「前」に、人を説得する必要があります。本来は何も達成できていないので説得力があるか怪しいわけですが、それでも説得が求められます。
説得する相手はそれぞれ固有のケースがあると思います。ただ、共通して言えることとして、相手がどんな風に聞いているか、なにに焦点をあてているかを知ることが戦略上重要だということです。つまり、自分達が何を考えているか、何を伝えたいかではなく、相手がどのように聞いているかに焦点を当てる必要があります。これはある種の方言のようなもので、それぞれの文化的背景や慣習が影響します。
東京のスタートアップに関して言えば、シリコンバレーから輸入されている価値観が大きく影響しています。東京に活動拠点を置く投資家の多くは、シリコンバレーのスター投資家に影響を受けています。つまり、彼らが良いというものを良いと考える傾向にあります。これは、単に歴史的経緯として投資家の価値観に影響しています。なので、東京固有の方言というよりも、シリコンバレーの方言やスラングについて慣れることがコミュニケーション上の好材料になります。
ここではピッチの方言について紹介します。古くはシリコンバレー産 (YC産) だと思いますが、日本のVCが主催するカンファレンスでのプレゼンイベントでのフォーマットになっているように見受けられます。本質的かつコンパクトなので、この順番で話すことで投資家にとって聞きやすい話し方になると思います。
どんな課題をどうやって解決するか
現在どのくらい解決できていて、誰が働いているか
うまくいった時どんな風になるか
水源というのは複数あります。市場というのはつながっているようで、分割されています。私は以下で現実的な最大値を分けて考えることが好きです。ボトムアップと、トップダウンでそれぞれカウントすることができます。
Addressable
はトップダウン的に考えることができます。地球の経緯度やコンピュータのメモリは全体値/最大値が決まっています。経緯度に存在しない座標にモノを置くことはできませんし、メモリ以上にデータを保存することはできません。同様に、人類の人口以上の人にサービスを届けることはできません。これが、ある商品・サービスの物理的な最大値です。
Obtainable
はボトムアップ的に考える方がよいでしょう。市場投入時の数値を、トップダウン的に考えると、特定産業の売上高を足し算しただけになってしまいます。それよりも、あるニッチを定義した上で、算出する方が現実味があります。この場合のニッチとは、具体的な顧客の定義と単価の定義になります。「客数 x 単価 = 売上」の客数と単価を変数にして考えます。企業向けなら見込み顧客リストになるでしょう。
Available
はボトムアップ的にもトップダウン的にも考えることができます。トップダウン的には、先ほど言ったように、特定産業の売上高を足し算して表現できます。ボトムアップ的には「客数 x 単価」の2変数を拡大解釈することで表現できます。「客数の上限(または生産キャップ) x 最大単価 (アップセル上限) = 市場規模」となります。SaaS 企業の総売上で考えるか、全てがオンライン化するという前提で、全企業の従業員数の合計から考えるかなどがあります。
市場を拡大していく時の考え方を3つに分類しました。
参考
SMB (中小企業) 向け製品から、ENT (大企業/エンタープライズ) 向けに製品をバージョンアップするケースはこれにあたります。スタートアップにおけるピボットいうものは、同時にパイプを引きませんので正確には違いますが、ほぼ同じと考えられます。同じ池で、パイプだけ変えるという方法です。
複数の水源から、一つの池を作る場合があります。
これは複雑なオペレーションを意味しますし、
水源と池が一対一に対応している競争相手に負ける可能性があります。
シンプルにすることで引力が強力になるからです。
同じ水源に対して、別の池を作る場合、構造上コンフリクトします。ただし、他人の池がそのようなプレーをする前に潰しておくという意味では有効ですし、遅かれ早かれ必要な場合は、痛みを伴いますがチャレンジする必要があります。
アップセル (客単価を上げる)、クロスセル (別製品も一緒に売る) については、製品を充実させている場合は気にする必要はありませんが、あるタイミングで既存事業から売上を付け替えているだけの場合もあるので、顧客が実際に何に価値を見出し、買っているのかを検証する必要があります。
いわゆる飛び地のビジネスかという話があります。この場合は、自分達の再現性を整理すると共に、ミスミ三枝氏のシナジーモデルに立ち返り、真っ新から考えることが求められます。再現性の整理と書きましたが、むしろ前の成功体験をアンラーニングし、学び直す必要がある場合もあります。
近接マーケットに攻めるのか、全くの飛び地を攻めると見せかけつつ、最終的に統合可能かなどです。M&Aという選択肢も含めて、どのように世界を見るかにもよります。水源がどのようになるかは未来の話なので常に不確実性があります。どこから見るかで水源の見方が変わるように、ある場所ではチロチロとしか水が流れていないのに、ある場所ではゴーゴーと流れているかもしれません。これは水源の全体像は常に捉えることはできないという前提であり、水源が枯渇する可能性は常にあるという前提でもあります。
池と水をメタファーにマッピングする形で「ミスミ三枝氏のシナジーモデル」、「Y Combinator アイデア評価方法」を整理し、PEST、5W1H、Pitch、市場規模について言及しました。
なぜこんなものをまとめているかと言えば、何もないところから考えることはできませんし、前提を共有しないと人と話し合うのが困難だからです。私のモチベーションとしては、自問自答のために作っている枠組みで、自分自身の考えをクリアにするためにメンテナンスしています。ただ、コミュニケーションの際の前提共有に利用できれば楽ちんだなという下心もあり、少々長くなりましたが、明文化に挑戦してみました。
これらに正解はありませんし、事業の成功を保証するものではありません。ただ、それぞれのモデルには共通点があり、別のいい回しになっているだけです。私の言い方で言えば、池の話と水源の話になります。今回紹介した枠組みは現場的なアプローチになります。私個人としてはこのミクロ的アプローチと共に、マクロなアプローチを併用しています。また、正直に言えば、ビジネスについて考える前に、自分が欲しいプロダクトを試しに作ってみて、友人に使ってもらい、いい感じだったら後付けでビジネスモデルを考えるということもあります。ただ、そんな場合だとしても、趣味ではなくビジネスとして運用する場合は、今回紹介した枠組みで考えています。
別の機会にはマクロ的アプローチや、もう少しケーススタディのようなもの、または競争論にフォーカスしたものを書いてみたいと思います。